新首都像の相次ぐ変化は、考えてみれば当然予想されることだった。建設問題が現実に近づけば近づくほど、東京で起きている現実との矛盾が明白になったからだ。一九八〇年代から二十一世紀の初頭にかけて、霞が関の官庁街では耐震性を強化した建て替え工事が進行中で、各省庁は次々に建つ新合同庁舎に移転している。ざわめつけは首相官邸の建て替えである。「百年先を考えたハイテク官邸」の建設計画が、現在の官邸と西隣りの「日本科学技術センター」の跡地に一九八九年着工、二〇〇〇年完成予定で進行中で、二百五十億円をかけた造成工事などの準備がすでに急ピッチで進んでいる。
だれの目にも明らかになってきたこの矛盾をどうするのか。自民党が一九九六年六月に発表した「橋本行革ビジョン」は、この矛盾をまるごと飲み込み、現在の東京をほぼそのままそっくり残し、新首都も建設するという、ご都合主義そのものの「解決案」だった。
このビジョンは一九九六年以降、最大の政治課題となった行政改革のうち中央省庁の再編成と結びついている。つまり、省庁の数を半減し、その過程で、「政策立案部門」と「制度執行部門」を分離し、「政策立案に携わる部門を中心に(新首都に)移転する」というのだ。行政府とは、まさに執行がおもな仕事であり、官庁の大部分を占める「制度執行部門」が霞が関に残るとすれば、普段の「新首都」は国会、最高裁、それに官庁のごく一部である「政策立案部門」だけのガランとしたものになる。遷都論から始まった新首都建設の目的は、かくて大かた吹っ飛んでしまった。
しかし、橋本龍太郎首相は一九九六年十一月、第二次橋本内閣発足後の初めての記者会見で、「橋本行革ビジョン」を同内閣の最大の課題として実行することを表明し、二〇〇一年をメドに官庁の再編を開始すると発表した。これと連動する形で、平岩外四前経団連会長を委員長とする国会等移転審議会が、一九九六年十二月に新首都の候補地選びを始めた。
三本の新国土軸といい、新首都といい、あらわになったのは、国家の財政を破綻させても突っ走ろうとする土建国家日本の、あくなき公共事業指向という病弊のきわまった姿である。新首都をめぐっては、北海道、山形、宮城、福島、新潟、栃木、茨城、静岡、愛知(ニカ所)、三重、岐阜、滋賀の十二道県十三ヵ所が億単位の予算を計上して誘致を始めたり、その意向をしめしている。これら十二道県のうち栃木、茨城などでは土地の投機的な動きがすでに出始めている。
2016年2月13日土曜日
低成長下の高齢化という重い課題
国民所得に占める社会保障給付費の割合は一八・九%と前年度に比ベー・二%上昇し、過去最高となりました。不況の影響で国民所得の伸びが鈍化していることによります。部門別では年金が約三十八兆四千億円(五・五%増)、医療が約二十五兆四千億円(〇・四%増)、福祉その他が約八兆三千億円(八・〇%増)でした。
医療費の伸びが抑制されているのが特徴的です。年金給付費は社会保障給付費の約五割を占めています。高齢化に伴い、受給者はどんどん増えますので、この割合を減らすことは至難の業です。
わが国の財政赤字がここまで膨らんだのは、公共事業費と社会保障費の増大のためといわれています。この二大予算項目に切り込むことなくして、財政再建の達成は不可能です。政府が社会保障のビジョンづくりを行う一つの理由がここにあります。二〇〇〇年十二月には総理の私的諮問機関「社会保障を考える有識者会議」が報告書を出しました。公的に社会保障は、個人の生活をどこまで保障すべきなのか、公私の役割分担ということが最大の論点となっています。国民負担率の水準とも密接に関連します。
わが国の政治はどうも、長期的なビジョンよりも目先の利害得失によって動いているようです。とくに医療や年金は、関係者の利害が対立することが多く、その場その場の改良で本質的な課題を先送りしてきた傾向があります。
私たちは、「私たちの社会保障」を私たちで築き上げていかなければなりません。それは天から与えられるものではなく、経済成長の果実を公正に分配することで成り立っているからです。今後の改革の道筋については、政府をはじめさまざまなところで議論されています。将来の社会保障の姿については最終章でふれたいと思います。
医療費の伸びが抑制されているのが特徴的です。年金給付費は社会保障給付費の約五割を占めています。高齢化に伴い、受給者はどんどん増えますので、この割合を減らすことは至難の業です。
わが国の財政赤字がここまで膨らんだのは、公共事業費と社会保障費の増大のためといわれています。この二大予算項目に切り込むことなくして、財政再建の達成は不可能です。政府が社会保障のビジョンづくりを行う一つの理由がここにあります。二〇〇〇年十二月には総理の私的諮問機関「社会保障を考える有識者会議」が報告書を出しました。公的に社会保障は、個人の生活をどこまで保障すべきなのか、公私の役割分担ということが最大の論点となっています。国民負担率の水準とも密接に関連します。
わが国の政治はどうも、長期的なビジョンよりも目先の利害得失によって動いているようです。とくに医療や年金は、関係者の利害が対立することが多く、その場その場の改良で本質的な課題を先送りしてきた傾向があります。
私たちは、「私たちの社会保障」を私たちで築き上げていかなければなりません。それは天から与えられるものではなく、経済成長の果実を公正に分配することで成り立っているからです。今後の改革の道筋については、政府をはじめさまざまなところで議論されています。将来の社会保障の姿については最終章でふれたいと思います。
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