「橋ができてよくなったかって? たしかに便利にはなかったが、外からやってくる連中にも便利さあ。夏にもなれば、大きなタイヤの車でビーチを荒らしまわっとるさ。そのうえ、酒を飲んではそこら中に缶を捨て、煙草を捨て、今では美しかった島はゴミだらけよ。こんなはずじゃなかったんだが、もう橋ができてしまった以上、今さら来るなとは言えんしなあ」都会に出て行った若者が戻ってきたわけでもないらしい。こんなはずじゃなかったと、オジイは何度も愚痴をこぼした。戦後、離島や過疎地のインフラを都会並みに近づけようとして莫大な予算をつぎ込んできた。そうすれば過疎地や離島の悩みが解消できると考えたのだろう。そのために、社会的コストを無視して税金を投入してきたが、結果的に過疎地はますます過疎化していっただけだった。どうしてだろう。
過疎地の問題を交通の問題としてとらえたところに間違いがあったのだ。橋をつくれば、出て行った人は戻りやすいが、島に住む人も出やすくなる。そして、より便利な都市へと、出て行く。離島苦の問題は交通ではなく、仕事がないことなのだ。これは橋をつくっても解消しない。雇用がなければ出て行くしかないのである。政治も行政もそのことに気づいていながら、公共工事をなくしたくないためにだんまりを決め込んでいる。 橋ができれば観光客も便利だという意見もあるが、冗談ではない。二泊三日の忙しい団体客ならそれもいいだろうが、リピーターはむしろ、小さな孵に乗って渡るほうを選ぶ。彼らが沖縄に憧れるのは、東京と違って時間がゆっくり流れているからである。
島によっては無人島になってもいいと、私は思っている。そんなことを言うと「弱者を切り捨てる気か」と叱られそうだが、国民に負担を強いる社会的コストにも、一定の限界があることを知るべきだ。コストの有用性を考えず、無駄を極限まで進めた日本国の責任は重大だが、何も言わずに浪費してきた沖縄にも責任はあるだろう。うらやましい沖縄の公共事業国の補助負担率が九割、私が〇八年の夏に古宇利島へ行ったときだった。すでに海岸のそばの道路際には、宅地分譲の看板が立っていた。ここも瀬底島と同じように、いまや別荘地として注目されているのだという。
現在、沖縄県が整備した主な離島架橋は一三あり、そのなかには宮古島と来間島を結ぶ二一九〇メートルの日本一長い農道橋「来間大橋」もある。織田裕二が出演したスズキ・ジムニーのCMに使われた橋だ。さらに二〇〇一年には三八〇億円かけた全長三四五〇メートルという巨大な伊良部大橋も完成する。これらの橋の通行料はすべて無料で、伊良部大橋は無料で通行できる橋としては日本一になる。瀬戸内の離島出身の友人は、これらの架橋を見て思わずうなり、「沖縄はうらやましいねえ」と何度も呟いた。そりゃそうだろう。全長三・五キロの橋がいとも簡単にできるなら、瀬戸内海など橋だらけになってしまう。
たしかに沖縄は有人島数四七(沖縄本島とつながる九島を含む)の離島県には違いないが、それにしても数百人規模の離島に、数百億円もの橋をかけるなんて、どう考えても異常だ。なぜ沖縄だけが巨大な公共工事が可能なのか。次の「国庫補助負担率」の比較表を見ていただくとわかるように、公共事業に関して沖縄は別格だからである。橋も同じで、他県の国庫補助負担率は二分の一だが、沖縄では九割が補助される。しかし、公共工事が巨額になればなるほど、ランニングーコストである管理費も巨額になることは言うまでもない。いずれの日か米軍基地がなくなり、国家そのものが地方の事業を補助する余裕を失ったとき、沖縄はみずからこれらの巨大施設を管理することができるのだろうか。
とまあ、深刻に考えても、できてしまった橋はなくなるわけでもなし、せっかく無料の巨大な橋をつくっていただいのだから、存分に楽しませていただくことにする。古宇利島大橋など、シーズンオフにはほとんど車も通らないから、インラインで思いっきり滑れば、海を渡るカモメになった気分を味わえる。それにしても二七〇億円のインラインーコースとは何とも贅沢な。沖縄の各地で豊年祭が行われていた頃、私は久高島から那覇に戻ると、とるものもとらず、やんばるに向かった。最近は時間ができると、目的もなくやんばるに行く。この日、本部の友人が、辺野古にできた「辺野古交流プラザ」を見学に行くというので同行させてもらった。
2013年8月28日水曜日
2013年7月5日金曜日
奇跡といえる点はない
ここ数年、アメリカの生産性の伸びが少なくとも緩やかに上昇していることが、はっきりと確認されるようになっており、この点を考慮すれば、今後、日本の生産性がアメリカに近づくとしても、亀の歩み程度のペースになるといえよう。むしろ、日本が一人当たり所得で永遠にアメリカに追いつけない可能性すらある。要するに、日本経済は一部で考えられているほど、特別の能力を備えているわけでも、例外的な存在でもない。そして、日本と他のアジア諸国の経済発展の間には、一般に思われているほど共通点があるわけではない。
世界経済の命運がアジアにかかっているという常識に異議を唱える場合、中国を引き合いにして反論されたら、日本のケースよりも論駁がむずかしい。中国はいまはまだ貧しいが、膨大な人口を抱えており、生産性が先進国の水準に少しでも近づけば、経済大国になる。さらに、日本と違って中国は近年、急成長をとげている。それでは、今後の見通しはどうだろうか。中国の急成長の要因を分析することは、技術的な問題と考え方の問題からむずかしい。技術的な問題についていえば、中国が急成長していることは事実だが、中国の統計はきわめて信頼性が低い。最近、明らかになったところによれば、外国投資に関する政府統計は実際の六倍の水準にもなっていた。
これは、政府が外国企業に対して実施している税制、規制面の優遇措置を逆手にとり、国内起業家が架空の外国企業を資本提携先としたり、海外のダミー会社を経由させたためである。中国社会が活力に満ちているとはいえ、こうした不正がまかり通っているようでは、他の統計もとても信頼する気にはなれない。考え方の問題についていえば、どの年を基準年にとるべきか、むずかしいところである。市場経済への移行が始まった年(見方によるが一九七八年)を基準年にとれば、中国の経済成長が効率性の大幅な向上と投入の急速な増加によるものであることは、まず疑う余地はない。しかし、毛沢東政権末期の混乱から立ち直った時期に、効率性が大幅に回復したのは、当然のことである。一方、文化大革命以前の年(たとえば六四年)を基準年にとれば、東アジアの新興工業国と似たような結果になる。
つまり、効率性の向上はわずかであり、投入主導型の経済成長ということになる。しかし、これもまた、かたよった見方である。社会主義市場経済に移行してからの効率性の伸びが大きくても、文革期の落ち込みのために、全体とすれば効率性の伸びが小さくなるからだ。そこで、二つの見方の中間をとるのがよいだろう。市場経済化以降の効率性の伸びのうち、一部(全部ではない)は 一回かぎりの回復で、残りが持続可能な傾向である。中国の成長率が少し鈍化するだけでも、地政学的な見通しは大きく変わる。世界銀行の推計によれば、現在、中国の経済規模はアメリカの約四〇パーセントである。アメリカが今後も年率二・五パーセントの成長率を維持するとしよう。中国が同一〇パーセントの成長率を維持することができれば、二〇一〇年には経済規模でアメリカを三分の一上回る。
しかし、中国の成長率が、現実的な見通しである年率七八Iセントにとどまれば、アメリカの八二パーセントになるにすぎない。それでも、世界経済の重心はかなり移動するが、現在、一般に考えられているほど、大幅に移動することはないだろう。東アジアの新興工業国の急成長は、経済政策と地政学についての常識に大きな影響をあたえている。グローバル経済を論じる識者の多く、おそらくほとんどは、東アジア諸国の成功から三つの結論を導いている。第一に、技術の普及が世界規模で進んでおり、欧米諸国は従来の優位を失いつつある。第二に、その結果、世界経済の重心が太平洋西岸のアジア諸国に移動する。第三に、おそらく少数意見であろうが、欧米諸国で受け入れられる以上に市民的自由を制限し計画の要素を取り入れた経済システムの方が優れており、その証拠にアジア諸国が成功している。
世界経済の命運がアジアにかかっているという常識に異議を唱える場合、中国を引き合いにして反論されたら、日本のケースよりも論駁がむずかしい。中国はいまはまだ貧しいが、膨大な人口を抱えており、生産性が先進国の水準に少しでも近づけば、経済大国になる。さらに、日本と違って中国は近年、急成長をとげている。それでは、今後の見通しはどうだろうか。中国の急成長の要因を分析することは、技術的な問題と考え方の問題からむずかしい。技術的な問題についていえば、中国が急成長していることは事実だが、中国の統計はきわめて信頼性が低い。最近、明らかになったところによれば、外国投資に関する政府統計は実際の六倍の水準にもなっていた。
これは、政府が外国企業に対して実施している税制、規制面の優遇措置を逆手にとり、国内起業家が架空の外国企業を資本提携先としたり、海外のダミー会社を経由させたためである。中国社会が活力に満ちているとはいえ、こうした不正がまかり通っているようでは、他の統計もとても信頼する気にはなれない。考え方の問題についていえば、どの年を基準年にとるべきか、むずかしいところである。市場経済への移行が始まった年(見方によるが一九七八年)を基準年にとれば、中国の経済成長が効率性の大幅な向上と投入の急速な増加によるものであることは、まず疑う余地はない。しかし、毛沢東政権末期の混乱から立ち直った時期に、効率性が大幅に回復したのは、当然のことである。一方、文化大革命以前の年(たとえば六四年)を基準年にとれば、東アジアの新興工業国と似たような結果になる。
つまり、効率性の向上はわずかであり、投入主導型の経済成長ということになる。しかし、これもまた、かたよった見方である。社会主義市場経済に移行してからの効率性の伸びが大きくても、文革期の落ち込みのために、全体とすれば効率性の伸びが小さくなるからだ。そこで、二つの見方の中間をとるのがよいだろう。市場経済化以降の効率性の伸びのうち、一部(全部ではない)は 一回かぎりの回復で、残りが持続可能な傾向である。中国の成長率が少し鈍化するだけでも、地政学的な見通しは大きく変わる。世界銀行の推計によれば、現在、中国の経済規模はアメリカの約四〇パーセントである。アメリカが今後も年率二・五パーセントの成長率を維持するとしよう。中国が同一〇パーセントの成長率を維持することができれば、二〇一〇年には経済規模でアメリカを三分の一上回る。
しかし、中国の成長率が、現実的な見通しである年率七八Iセントにとどまれば、アメリカの八二パーセントになるにすぎない。それでも、世界経済の重心はかなり移動するが、現在、一般に考えられているほど、大幅に移動することはないだろう。東アジアの新興工業国の急成長は、経済政策と地政学についての常識に大きな影響をあたえている。グローバル経済を論じる識者の多く、おそらくほとんどは、東アジア諸国の成功から三つの結論を導いている。第一に、技術の普及が世界規模で進んでおり、欧米諸国は従来の優位を失いつつある。第二に、その結果、世界経済の重心が太平洋西岸のアジア諸国に移動する。第三に、おそらく少数意見であろうが、欧米諸国で受け入れられる以上に市民的自由を制限し計画の要素を取り入れた経済システムの方が優れており、その証拠にアジア諸国が成功している。
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