2015年10月14日水曜日

献体の法制化

私は日本人の良識を信じている。絶対に売体は行なわれないように、われわれは全力を尽くし、努力を怠ってはならない。すでにブラジルでは、生きている間に腎臓や角膜を一個四万ドルくらいで売る人が出ていると報じられている。小説『屍体商社』に書かれているような献体されるべき遺体の売買が起こることを阻止するには、ボランティアの献体運動を盛んにして、買うような気を起こさそないようにする以外にはないようである。

欧米においても腎臓の売買その他の反道徳的な行為が頻発したために、献体運動が盛んになった歴史がある(前出の酒井教授手記による)。日本において解剖体をめぐる悲劇的、反道徳的事件が起こらないようにするためにも、真の献体精神の普及に努め、日本独特の困難な事情を少しずつでも改善して、世論の支持を求め、献体をして下さる方を増やすことが急務である。一日も早く真の献体運動が一般の人々に理解されることを念じている。以上が一九八二年に私か執筆した小論文のほぼ全文である。あれからすでに十年近い歳月が過ぎた。しかし、事情は基本的には変わっていないように思われるが、いかがであろうか。

日本解剖学会の解剖体委員会の委員長を、帰国後二年半ほどでまだ日本に再順応できずに苦しんでいた頃に命ぜられ、ただ無我夢中で献体法制化運動を全国的レベルで展開し、実に多くの方々の積極的な協力を得てまる三ヵ年の心血を注いだ地道な運動の結果、珍しくも国会における反対演説がなかった法律として「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」が国会を通過して一九八三(昭和五十八)年五月二士五日に公布され、六ヵ月後に施行された。

この法律には、「献体の意思」について、次のように定義してある。この法律において「献体の意思」とは、自己の身体を死後医学又は歯学の教育として行わ れる身体の正常な構造を明らかにするための解剖(以下「正常解剖」という)の解剖体とし て提供することを希望することをいう。

献体法制化運動に平行して私ども解剖体委員会では、昭和五十八年度文部省科学研究費総合補助金による「解剖体確保対策に関する研究」を実施しか。この研究のために、わが国を北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州の八地域に分け、各研究分担者が一地域ずつを分担して(本邦各地方におけるくその土地の人)の献体に対する感情」の調査を実施した。