2015年5月19日火曜日

役所的雰囲気を和らげる方法

まず部屋の改造を行なった。細長い部屋の半分はアコーデー壁を濃いセピア色のクロース張りにして、役所的雰囲気を和らげる。壁にはすこしばかり仕掛けをして、上部には掛軸のような図面を何本もしまい込んだ。これをちょっと引っぱりだせば、横浜市の道路や土地利用状況、公園緑地の配置、上下水その他、さまざまな現況が同時に引きだされ、はね上げればただちに上部にしまい込まれる。もっともこれはかなり原始的な方法で、その後十数年たって私が市をやめるときは、地図情報をデータペースによるコンピューター処理し、もっと多角的に、多様に利用できる研究を進めていたから、さしあたりその原型だといえる。

壁の一角には、床から天井まで、横浜市全体の約一万分の一の貼り合わせ航空写真をはめこんだ。一軒一軒の住宅まで判別できる。この航空写真の上部には、スクリーンが隠されていて、詳しい情報はスライドで写しだせばよい。部屋の一角にはトレー台や図面入れがあって、不足の情報を引きだすことができる。このように、部屋の半分には、横浜市の多様な情報を利用可能な状態に整理しておいた。それまでの自治体では、こんな当然と考えられる情報整理さえも、ほとんどされていなかった。ルーチンワークだけくりかえしているのでは必要なかったのだろう。しかし都市づくりの計画には、まず正確でかたよらない多様な情報をペースにしなければならない。

細長い部屋の別の一角には、八十万分の一の日本列島の立体模型と、地球儀をおいた。この地球儀は地形を立体的に示し、土地利用や海洋の状況を表している。横浜市を考えるのには、市自身のことはもちろんだが、東京湾を含めた首都圏、日本列島、そして地球次元から考える必要があると私はスタッフにいっていた。それを形として示してみたのである。これもいまならさしずめ、ランドサットの宇宙写真になろうが、こうしたものを調えるのには、財政局の調度課に説明しなければならない。

私がいうたびに庶務係は苦労したようである。「日本列島の地図はまだしも、地球儀は横浜市でどうして必要なのか」と、やられたらしい。たしかにその当時の自治体は、横浜市のような国際都市でさえ、自分の区域以外のことはまったく考えないし、各自自分の部局からしか考えていなかった。もし世界の国々とのかかおりがなかったら、横浜は誕生しなかったのだし、一〇の都市と姉妹都市、友好都市姉妹港を結び、横浜港は世界各地の港と貿易を行なっている。それなのに地球儀ひとつが問題になるのが、当時の実態であった。

ここにあげたような小道具は、実用としてはどれだけ役立つたかは分らない。とにかくいままでの仕事の方法を切りかえ、これを機会に広く総合的、弾力的に物を考えようとするための実物教育になったことは、たしかである。それが人びとを育ててゆくために役立ち、その後全国から羨まれる、横浜の新しい都市づくりを実行してゆくきっかけになったのだから、わずかの経費は安いもので、市にとっても経費よりはるかに大きな効果を生んでいるはずである。