2014年10月14日火曜日

中英間で揺れる植民地

『香港領事動乱日誌上危機管理の原点』香港暴動とは、大陸のプロレタリア文化大革命に力を得た香港の左派勢力が大規模な反英・反政庁武装闘争を展開し、これに抗する香港警察・英軍との間で繰り返された衝突により多数の死傷者をだした一九六七年の事件のことである。香港を襲った第二次大戦後最大規模の騒擾であった。

北京は左派勢力の反英・反政庁闘争への全面的支持を表明し、香港への軍事的惘喝をつづけた。香港国境では中英間の銃撃戦さえおこった。海外移住者が続出し、地価・株価が暴落して香港は風前の灯火のごとくであった。中英の間で揺れる植民地のありようをシンボリックに示すものが香港暴動である。しかしこの重要事件について記述した文献はほとんどない。同時期に進行していた文革やベトナム戦争という巨大なドラマの陰に隠れて、世の関心を惹きつけることなく終わった事件であった。

著者はこの時期に危機管理担当の領事として香港に赴任し、在任中この事件に遭遇するという稀有の体験をもった。狼籍の限りを尽くす左派勢力に囲まれて不安と恐怖にうちふるえる三千人に近い在留邦人の保護の任務にあたり、この任をまっとうすべく足で集めた情報をもとに構成された本書の記述には迫力がこもっている。

私は知られざる香港暴動の真実を知りたくて本書を読んだのであるが、もちろん著者の関心は危機管理である。著者が日本の国家危機管理の第一線を担った剛毅の指導者であることは広く知られているが、香港暴動はその後の著者の思想と行動に大きな影響力を与える事件となった。香港暴動を最終的に収束させたものは英国政府と英海軍の屈することのない意思、機敏で迅速な軍事行動であった。このことを記す熱っぽい筆致の中に、国家危機管理に不誠実な対応しかできない日本の現状に対する著者のいらだちが読み取れる。